「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」徳川家康を姓名判断で占ってみた

姓名判断で偉人を占ってみる」企画。4人目は“戦国三英傑”の1人で戦国を終わらせた人物「徳川家康」です。

徳川265年の時代を築き上げた「徳川家康」。今の日本の礎を築いたと言っても過言ではない家康の性質を姓名判断の側面から見てみましょう。

徳川家康ってどんな人…?

徳川家康は1543年1月31日に愛知県岡崎市の岡崎城出身。
幼少期は「人質」として今川家に送られ、父親が家臣に殺されてしまうなど、壮絶な時代を過ごしました。
その後、織田信長と同盟を結んだり、豊臣秀吉と戦いがありつつも、後に家来となり、秀吉の死後はその子供の秀頼の後見を任されるまでになりました。
1600年には関ケ原の戦いで石田三成を破った後、1603年に征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開き、以降265年にわたる徳川の時代を築きました。

徳川家康の姓名判断からみる性質は?

【地格】努力家・負けず嫌いタイプ

【名前の画数を合計した数が21画】
負けず嫌いで、どんな目標も達成に向けて頑張ることのできる意志の強さがある。
そしてそれに対しての用意周到な準備や細かい計画ができる慎重な性格を持ち合わせている。

石田三成と戦った有名な関ケ原の戦いで、家康は秀吉死後の豊臣家の内部分裂を上手く使い、武将を仲間にし、戦いの準備をしたそうです。そして自ら出兵することで三成を誘い出すことに成功、結果家康側が勝利し、事実上の天下人となりました。このことからも家康は「戦いに勝つ」という目標のために用意周到に準備を重ねる人物だったことがわかりますね!

【外格】ふつうの恋愛にあまり興味のわかないタイプ

【総格から人格を引いた数が26画】
平凡な恋愛には魅力を感じず、あえて障害のある難しい恋愛を選ぶことで、恋愛の醍醐味を味わいたい。
また、想いが強過ぎて、相手の内面をよく知らないままにお付き合いしてしまう場合もある。

実は家康には20人程の側室がいたそうです。もちろんこの時代に恋愛結婚することは珍しいのですが、今の時代からしても驚きの人数ですね。“ふつうの恋愛”には興味がなく、徳川家のために子供を沢山もうけることが家康にとっては醍醐味だったのでしょうか…?

【総格】周囲と協力することで安泰・繁栄する運勢

【姓名の文字の画数を総合した数が39画】
苦境を力に発展し、権力と財を手にできる。忍耐や人をまとめる力があるため、仕事で成功する。

家康を表す言葉として有名なのが『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』。
これは家康の忍耐強さを表現しているといいます。人質時代から始まり、乱世の時代を治めることができたのは「忍耐強さ」、そして江戸幕府を立上げて日本をまとめた力はまさに総格の表わす通りですね!

姓名判断からみる徳川家康「性格はすべて画数に表れていた?」

戦国三英傑の織田信長が天下目前に迫った年齢が48歳、豊臣秀吉が天下統一を果たしたのが53歳だったことを考えると、徳川家康の61歳で江戸幕府を開いたことはまさに総格の「忍耐強さ」が強く表れていますね。
また、平均寿命が今ほど長くなかった時代に73歳まで生きたことは、耐えて掴んだ天下とこの先の日本(江戸)を良くしていくためには、ここからが重要だという地格の「意志の強さ」を感じました。

では、今後も偉人の名前を鑑定し、その性質から人物像を探っていきたいと思います!
次回は、戦国武将で大人気の「あの人」!お楽しみに!

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※記事内の史実には諸説ある場合がございます。


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